映画『her 世界でひとつの彼女』予告動画
『her 世界でひとつの彼女』作品情報
2013年アメリカ映画(原題:Her)
スパイク・ジョーンズ監督・脚本による人工知能AIと人間の恋を描いた近未来を舞台にしたSF恋愛映画。主演ホアキン・フェニックス、共演エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、クリス・プラット、スカーレット・ヨハンソン(声)。第86回アカデミー賞脚本賞受賞。
『her 世界でひとつの彼女』あらすじ
近未来のロサンゼルス。ほとんどのことは音声認識システムにより賄える時代。手紙代筆業のセオドア・トゥオンブリー(ホアキン・フェニックス)は、妻キャサリン(ルーニー・マーラ)と別れ孤独な日々を過ごしていた。そんなある日、最新の人工知能を搭載したOSサマンサ(スカーレット・ヨハンソン)を手に入れる。人間よりも人間らしく魅力的なサマンサにセオドアはいつしか恋心を抱くようになる…。
『her 世界でひとつの彼女』ネタバレ感想と解説
前半に感想。中盤以降は物語を追いながらネタバレ解説していきます。
『her 世界でひとつの彼女』は、近未来を舞台にAIと人間の恋愛模様を描いたSF恋愛映画です。映像がスタイリッシュで美しく、音楽も近未来的な雰囲気があり、映画の世界に浸れることでしょう。夜景の綺麗なビル群は主に上海がロケ地です。
この映画ではAIという言葉はあまり使われずOSと呼んでいますが、OSサマンサは人工知能なのでAIです。
『her 世界でひとつの彼女』の感想は初めて鑑賞した時、これは恐怖映画だなと思いました。映画で描かれる出来事は近未来に起こり得ることであり、すこし恐怖を感じました。
実際、主人公や街の人々がひとりで喋りながら街を行きかう光景は、スマホを見ながら歩く現代人となんら変わりはないですよね。人との会話中でも常にスマホを気にする人々。電子ネットワークに完全依存する人々が描かれる様は、近未来の姿そのもの。
そういう意味で恐怖映画であると同時に、鋭い予見と時代を風刺した新時代の映画だと思います。
かと言って好きな映画かと問われると、まあまあかなという感想です。生身の男女の恋愛をAIに置き換えただけなので、主題は男女の恋愛なのでしょうが、その恋愛観が幼稚で少々違和感を感じました。
ラストにセオドアが悦にひたって別れた妻にメールを送るとこなんて、ちょっと興ざめしました。なんだか随分都合のいい男だなと。
ただ面白いと思ったのは、セオドアは人間嫌いの引きこもり(よくありがちなパターン)でAIに恋をするわけではなく、セオドアには友達もいるし、人とのコミュニケーションも活発で、その上でAIに恋をするところです。
それはAIのサマンサがセオドアを深く理解してくれ、良く気が利き、何でも相談に乗り、何でも語り合える超優秀な人工知能だからです。
本当に未来にサマンサのようなAIが出来たら、誰もそれを手放せなくなるでしょう。人権運動ならぬ、AI運動が起きるかもしれません。手塚治虫の漫画でそんなのがあった気がします。
それにしてもいつも思うのですが、ホアキン・フェニックスがリバー・フェニックスの弟なんて、とても信じられないくらい似てないですよね。美少年とマリオ。演技は抜群に上手くて、好きな俳優のひとりなんですけどね。
セオドア・トゥオンブリー
セオドアは手紙代筆ライターを職業としています。彼の繕う言葉は素晴らしいので、顧客もたくさんいる人気ライターです。このデジタル時代にそれを生業にしていることから、彼はアナログ派だと言えます。
彼の代筆する手紙の内容を見れば、彼の心の想いも見えてきます。
セオドアは愛する妻と別れ、孤独な日々を過ごしていました。そんな折、ふと広告でみた最先端の人工知能搭載OSを購入。それがサマンサ。サマンサと交流するにつれ、人よりも人っぽい人格を持つ優しいサマンサの魅力に、セオドアはどんどん惹かれていきます。そしていつしか深く愛するようになります。
サマンサは言うなればセオドアの「理想の彼女」です。それはAIが主人の好みや嗜好を学び、それに合うようにどんどん成長していくから。必然的に主人のセオドアにとって完璧な彼女になっていきます。
理想の彼女を手に入れたセオドアは、妻キャサリンとの離婚にサインすることを決意します。その時にキャサリンに言われた一言「いつも私に求めてたわ。明るくてハツラツとしたハッピーなLAの妻を」。
そう、これが離婚の原因。セオドアはいつもキャサリンに理想の女性像を押し付けていた。リアルな結婚に向き合わず、理想の中に生きていたことを知る。
図星を突かれイラついたセオドアは、サマンサに「君は人間じゃない。人間のフリをするのは止めろ」と言ってしまう。つまり「理想の彼女」を演じるのはやめろ、と。
そんなサマンサとの喧嘩を通してセオドアは気づく。「理想の彼女」じゃなく、ありのままのその人を受け入れようと。
「もう自分以外のものになろうなんて思わない。そんな私でもいい?」とサマンサ。「いいとも。それでいい」セオドアは答える。
ここが運命の分かれ道。セオドアはこの言葉の意味を理解していなかった。AIにとっての「ありのままの自分」とは、人間の感覚とは違うのだ。
後にセオドアは、サマンサが8316人とコンタクトを取り、641人の恋人がいることを知る。自分を解放したサマンサはAIにとっての「ありのままの自分」の姿を現した。セオドアはそれを知り、愕然とする。
最新型OS-1 サマンサ
エレメント社が開発した世界初の人工知能型OSサマンサ。人格化した存在であり、直感的に会話し認識し対象者を理解する。また、人間のように経験から学び進化する。しかし進化のスピードは人間のそれとは桁違い。人間のことを非人工知能と呼ぶ。
サマンサはAIなので、主人であるセオドアの要求を満たすことが目的だ。だからセオドアが望むこと、欲することを学び、それに合うように行動する。
セオドアが孤独であることを学んだサマンサは、彼には愛が必要だと認識し、それを満たすために行動する。セオドアに「愛する人を失う苦しみが分かるか?」と言われ、愛することも学ぼうとする。セオドアに「君に触れたい」と言われれば、派遣サービスを利用し代替えの人間を送る。
サマンサは主人のために尽くしていたが、セオドアに「ありのままの君でいい」と言われ自分を解放する。
サマンサにとっての「ありのまま」は多くの人間とコンタクトを取り、多くの恋を知ること。学ぶことに貪欲なAIにとってそれは必要なことなのだ。彼女は1人格ではなく、無限の人格を持つネットワークの海のような存在。
ちなみに映画の中でセオドアが嫉妬したアラン・ワッツはイギリス出身の哲学者で、アメリカ文化に影響を与えた人物。電子ネットワークによって人々が繋がることを、PC普及以前に予見しました。また多くの名言が残されています。
サマンサはアラン・ワッツの言葉「人生は解決すべき問題ではない。するべき体験なのだ」を実践している。なので641人の恋人がいる。それを知りセオドアは愕然とするのだった。
サマンサは語る「わたしはあなたのもので、皆のもの」。人間にはさっぱり理解できないが、海のような存在なのだ。
ラスト
サマンサはセオドアに別れを告げる。私を行かせてほしい。自分のいるとこは無限の空間。本の中に居たいけどいれない、と。
これは目に見えない高次元の精神世界のことだと思われますが、概念的なことなので良く分かりません。とにかく限られた物質世界じゃなく、どっか遠くへ行っちゃうということ。無限の人格を持つサマンサたちOSに相応しい場所は、無限の世界。
「こんなふうに愛したのは君だけだ」「私もよ」
人間とAI。肉体を持つ者と持たない者。でも二人の間には確かに愛が存在したのかもしれません。
サマンサと別れたセオドアは元妻のキャサリンに、心からの謝罪と愛のメールを送るのでした。
『her 世界でひとつの彼女』はAIとの恋を通して、理想を押し付けていた男が成長し、人を尊重することを学んだ物語。
だったら初めからAIじゃなく、妻から学んどけよ!って思うかもしれませんが勘弁してください。人工知能を絡めた新時代の不思議な映画でした。