映画『スリー・ビルボード』予告動画
『スリー・ビルボード』作品情報
2017年アメリカ映画(原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)
『セブン・サイコパス』のマーティン・マクドナー脚本・監督によるミズーリ州を舞台にした人間ドラマ。第90回アカデミー賞主演女優賞、助演男優賞受賞。第75回ゴールデングローブ作品賞受賞。
出演フランシス・マクドーマンド、サム・ロックウェル、ウディ・ハレルソン、ジョン・ホークス、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ルーカス・ヘッジズ、ピーター・ディンクレイジ、アビー・コーニッシュ。
『スリー・ビルボード』あらすじ
舞台はミズーリ州の田舎町。娘が殺された事件の捜査が一向に進展しないことに業を煮やした母ミルドレッドは、警察への抗議の看板を町はずれに立てる。それがTVニュースに取り上げられたことにより、町中を巻き込む騒動へと発展していく…。
『スリー・ビルボード』感想評価
『スリー・ビルボード』は娘を殺された母親が、警察への抗議の看板を立てたことから始まる小さな町の騒動を描いたブラックコメディ&ヒューマンドラマです。
第90回アカデミー賞でフランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞を獲得している他、数多くの賞を受賞した評価の高い作品です。ミズーリ州エビングという架空の町が舞台で、主要な撮影はノースカロライナ州シルヴァという小さな町で行われました。
物語のアイデアは、マクドナー監督がアメリカ旅行中に見かけた未解決事件を示す看板から湧いたそうです。看板の「赤」は、ディクソンの母が観ていた映画『赤い影(1973)』と関連があります。
監督は本作を「自分が作った作品の中で、一番希望に満ちた映画だ」と語っています。
そんな『スリー・ビルボード』の感想ですが、笑いあり感動ありで本当に面白くて良い映画です!
物語の展開が全く読めず、予想を良い意味で悉く裏切ってくれます。風刺、ユーモア、多様性、普遍性を含み、それらが上手く纏まっていて完成度が高いです。特にユーモアの要素はシリアスさを軽減してくれ、心がどんよりする重い話にならないよう効果的なアクセントとなっています。
母親をはじめ町の人がジョークばかり言っていて、ゲラゲラと笑ってしまいました。自分のお気に入りは「(太った)歯医者のことなんて気にすると思うか?俺は歯医者のことなんて気にしない。誰も歯医者のことなんて気にしない」というウィロビー署長の言い方です笑。
『セブン・サイコパス』でも描かれている通り、マクドナー監督は北野武の影響を受けていて、ジョークにたけし節が垣間見えます。暴力の合間にあるシュールなジョークってたけしぽくないですか?歯医者のシーンは「アウトレイジ」ですよね笑。
『スリー・ビルボード』では3枚の看板が象徴するように3人の人物にスポットが当てられます。『スリー・ビルボード』は一言でいうと「赦し」の映画です。
3人を通して「赦し」が描かれています。勿論「愛」とも言えますが、愛は色々なものを包括しているので分かり易く「赦し」とします。
憎しみの連鎖を断ち切る一番の方法が「許すこと」。「赦し」には大きな力があり、また希望があります。そして誰もができる簡単な事なのに、最も難しい方法でもあります。
ここからは映画『スリー・ビルボード』の疑問点の解説と、監督の語った希望とは何か?を考察していこうと思います(ネタバレ含む)。
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ネタバレ解説と考察
ミズーリ州
『スリー・ビルボード』の舞台ミズーリ州はアメリカ中西部に属しますが、南北戦争以前は奴隷州だったこともあり南部と考えられていました。
人口比率は白人が多勢を占め、南部的なので、映画のように差別の根強い地域だと言えます。2014年にはファーガソンで白人警官による丸腰の黒人青年への射殺事件が起き、暴動へと発展しています。
また伝統的に、家族がやられたら必ずやり返すというような復讐への信念が強い地域です。そう考えると、ミルドレッドの強い復讐心はミズーリの人々にとってはごく普通な考えなのかもしれません。
一族を重んじる地域性は映画『ウィンターズ・ボーン』で描かれています。ジョン・ホークスの本作への出演も繋がりが見られます。
ちなみに、エビング(Ebbing)は「引き潮・衰退」を意味します。
ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)
#ThreeBillboards is the winner for Best Original Screenplay at the #GoldenGlobes! pic.twitter.com/08PiQh8VL2
— Three Billboards (@3Billboards) 2018年1月8日
レイプされ殺害された娘アンジェラの母親。娘の事件が一向に解決しない事を受け、警察に抗議の3枚の看板を立てる。いつもしかめっ面で笑顔は見せず、口がとても悪い。
自分の行動を邪魔する者は誰であろうと容赦しない。神父にはカトリックへの皮肉を吐き、太った歯医者の親指をドリルで刺す笑。
ミルドレッドの原動力は怒りと憎しみ。彼女にとってはすべてが敵であった。しかし、ウィロビー署長やディクソンやジェームズの行動によって少しづつ変わり始める。
元夫チャーリー(ジョン・ホークス)の恋人の言葉「怒りはより大きな怒りをもたらす」はミルドレッドの心に突き刺さり、看板を燃やしたチャーリーを許した。
ちなみにミルドレッドのバンダナは映画『ディア・ハンター』へのオマージュだそうな。
カトリック事件の映画はこちら↓
ウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)
Huge congrats to Sam Rockwell for his Best Supporting Actor win at the #GoldenGlobes! #ThreeBillboards pic.twitter.com/HUrS2YZx5D
— Three Billboards (@3Billboards) 2018年1月8日
エビング警察の署長。町の人々に慕われている温厚で優しい人物。すい臓ガンのため余命幾ばくも無い時、ミルドレッドの看板で名指しの批判を受ける。その後、病苦により自ら命を絶つ。
ミルドレッドの看板費用を払い、遺書の手紙でディクソンを改心へと導く。『スリー・ビルボード』では、死をもって愛を説くウィロビー署長はイエスを象徴する。
バイブルベルトでもあるミズーリ州には、聖書のメッセージを掲げる看板が点在しているはずである。「どうして?ウィロビー署長」は「どうして?神様」とも置き換えられる。
世の不条理に対するミルドレッドの怒りは、署長だけではなく神にも向けられていた。しかし、ウィロビー署長の憎しみの連鎖を断ち切る愛の行いは、ミルドレッドの心に大きな余波を残した。
「Willoughby」の「Will」は「遺書、神の意志」の意味を含む。
ディクソン(サム・ロックウェル)
Congratulations to #ThreeBillboards on receiving a nomination for Best Sound Editing from the Motion Picture Sound Editor Awards! pic.twitter.com/b9gLAXd9xF
— Three Billboards (@3Billboards) 2018年1月30日
オツムがちょっと弱い差別主義で暴力的な警官。母親のことをミルドレッドによくイジられる。仕事せずマンガばかり読んでいる。ちなみにこのマンガは悪者が正義のヒーローになる話。
自分からゲイの話をふったり、署長の手紙にも言及されていることから、ゲイであると思われる。彼の暴力的な面は、ゲイである自分もいつ差別を受けるか分からない恐れからくる、反動である。
広告代理店のレッドを襲うシーンでかかる曲、モンスターズ・オブ・フォークの「His Master’s Voice」は改心の歌詞であることから、後のディクソンを暗示している。
レッドの騒動の後、新しい黒人署長によってクビになるが、ウィロビー署長の手紙によって改心し、燃え盛る炎の中アンジェラ事件の資料を守る。その行動はミルドレッドの心にも波及する。
また、ぶん殴ったレッドと病室で再会し、オレンジジュースを渡されたことから号泣する。ウィロビー署長の手紙、馬鹿にしていたジェームズの救助、レッドの優しさに触れたことで、ディクソンは愛と赦しの存在を知る。
初登場シーンで「マオ!」と叫んでいたのも『ディア・ハンター』のオマージュ。
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レッドが読んでいた本は?
広告代理店のレッドが初登場のシーンで読んでいた本は、フラナリー・オコナーの「善人はなかなかいない」。フラナリー・オコナーは南部文学の作家で、『スリー・ビルボード』のように人間の不完全さや暴力を描くことが多く、短編小説の名手として知られています。
砂だらけ(sandy)とは何処か?
ディクソンがアンジェラ事件の犯人だと思っていた男は、事件当時、国外に居たことが新署長より知らされます。
ディクソンは国語が弱いので理解できなかったようですが、砂っぽい所はイラクでしょうね。男は軍隊にいてイラクへ派遣されていたと思われます。
鹿は何を意味する?
『スリー・ビルボード』では、鹿のシーンが印象的に描かれます。鹿には「優しさ」「寛大さ」などの意味があるそうです。国によっても解釈は様々だと思いますが、なんにせよポジティブな意味です。
また、鹿はもろ『ディア・ハンター(鹿の猟師)』へのオマージュだと思われます。マクドナー監督がこの映画の大ファンだそうです。
警察署を放火したのはなぜ?
ミルドレッドが警察署に火炎瓶を投げたのは、看板が警察に焼かれたと勘違いしたせいです。看板を燃やした犯人は元夫のチャーリーで、酔って燃やしたのでした。
ラスト結末
『スリー・ビルボード』のラストはレイプ犯に復讐するため、ミルドレッドとディクソンがアイダホへ向かう途中で終わります。彼らが本当に行ったか行かないかは重要ではありません。
重要なのは、憎しみ合っていた二人が許し合い一緒にいることです。二人は赦しの力を知りました。「赦し」は憎しみや怒りを解放します。
それを知った二人にとって、もはや復讐などはどうでもいいのです。だから二人とも「あんまり」と答えました。憎しみに支配され苦しんでいた心は、許しにより解放されました。それは彼らの新しい未来への第一歩です。ここに希望があります。
ということで二人は適当にドライブして帰宅したと思いますよ!
マーティン・マクドナーの傑作『スリー・ビルボード』は、是非多くの人に観てもらいたい作品ですね。
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